設立の経緯

1985年4月3日付の神戸新聞に、「三木市内に初のオーケストラ結成への準備急ぐ」との記事が載ったのが、三木室内管弦楽団が初めて陽の目を見た瞬間で した。同月、他の全国紙の地方欄などにも団員募集の記事が掲載され、初期メンバーが集まることとなりました。
 
発起人は当時加古川東高校に在職中の武田信行氏、緑が丘中学在職中の野村裕志氏、同山本(現矢野)明美氏の3名。きっかけとなったのは野村、山本両氏が緑が丘中学に創設した弦楽アンサンブル部と吹奏楽部選抜によるジュニアオーケストラの演奏を見た武田氏が、話を持ちかけたことによります。
普通このような計画における最大のネックとなる弦楽器奏者の確保が一気に解消するという、稀にして絶好のチャンスでした。武田氏の後の自著「トラツォム君、今日は!」(出版:総合企画ジャイ ロ)によると、身近に市民オーケストラを設立することが、クラシックファンであった氏の長年の夢であったそうです。
1985年頃といえばまだ景気も好調だったのか、当時の三木市長、大原氏の賛同も得て、臨時の予算執行によって大量の楽器を購入してもらうといった破格ともいえる助成を受けることもできました。新聞の記事を見た一般の参加や、教員であった発起人の人脈も活かし、発足当時は順調な滑り出しで、約50名近くのメンバーによる結成式が 1985年5月26日に緑ヶ丘町公民館中会議室にて執り行われる運びとなりました。